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高浜市の公共施設を市民目線で考える住民活動

・市内の公共施設は、議会や行政主導で建設推進され、市役所・公民館・美術館・学校といつのまにか140施設を超えたそうです。今、最大の問題は、市はこのまま公共施設を更新すると数百億円の財政投資となり、財政破たんすると、市民の納得もないまま旧市役所や市民ホールを次々と解体され、高小建設は50億円超。更に民間プール建設は数億円補助という大盤振る舞いのハコモノ建設を計画しています。 さらに、民間病院には、中央公民館の跡地を格安で貸付し、病院建設補助のため、また血税23億円を提供予定だそうです。まったく説明責任抜きで「まちづくり」が進められています! このまま、議会や、行政にお任せの「まちづくり」では、血税が無駄の可能性が高く、市民の監視を高めるため情報展開を図るものです。

住民監査 - 常識を疑う「なぜ」の疑問力

今回は「市民のあり方」を考えてみたいと思います。但し、自論では無く、ネット情

 報の羅列を試みたものです。

・この情報による、ご判断は皆様にお任せしますが、市民の自立の第一歩と思います

 

--- 「常識」とは ---☆---  (*コトバンク )

● 一般に学問的知識とは異なり、普通人が社会生活を営むためにもち、またもつべき意見・行動様式の総体をいう。これは経験の集積からなることが多く、時代や場所や階層が異なれば通用しないものもあり、多分に相対的なものである

「常識」とは絶対的なものでは無く、「時代・場所」等により流動変化するもの

 

---「常識」を疑う ---☆---  (* H19年(2007年)4月 東京大学総長- 小宮山 宏氏の入学式辞 )

● 私が皆さんに贈るメッセージは「常識を疑う確かな力」を養ってほしいということです
 常識とは、このように考えこのように振舞うのが当然だと、多くの人々が共有する思考や行動の型のことです。

 社会には多くの常識が存在します。常識に従って行動することは、1つ1つの局面ごとにあらゆる事情を勘案して判断するのに比べれば、はるかに楽で便利なのです。ですから、多くの人々は常識に従って行動します。
  しかし、常識が常に正しいとは限りません。中には、不合理なこと、事実に反すること、人の自由を縛ることなども含まれています。

    不合理であるのに、権力や権威に誘導されて信じ込まされているといったこともあります。また、かつては合理的だったのに、時代や状況が変化したために不合理になるということもあります。

 しかし、たとえ不合理でも、疑われない常識はそのまま生き残ってしまいます。

 誤った常識を覆すためには、まず常識を疑うことが不可欠なのです。

 

---「常識」を変える方法 ---☆---  (*ダイヤモンド-オンライン他 -「知的戦闘力を高める独学の技法)

● そもそも規則や常識とは、変えることもできれば、時代とともに自然と変わっていくものもある。

…グーグルの創業者ラリー・ペイジが同社の成長の秘密を聞かれ「常識を疑う姿勢」を挙げている。

 「僕は両親から、これまでの偉大な科学者は常識を無視して、本能に従ったからこそ成功したのだと教えられてきた。今では会社経営もまったく同じだと分かった」

本田宗一郎 (自動車会社-ホンダ 創業者) は言う。

・常識ってのは、人間が考えたことだ。それを疑って、打ち破っていくのが進歩なんだ

 本田は世界中の学者と会い、彼らの何にでも「なぜか」と問いかける姿勢に感銘を受けている。みんなが「当たり前」と思っていることにさえ、「なぜか」という姿勢で臨むところに発見があり、発明がある。

 規則が間違っているなら変えればいい。常識も、あくまでも「過去の常識」であり、「なぜか」と問いかけて「新しい常識」を生み出すところに大いなる進歩がある。

 

確かに、数多くのイノベーションを主導したアップルの創業者スティーブ・ジョブズは、いつもこの「Why?」という疑問を周囲のスタッフに投げかけていたことで知られています。

 イノベーションというのは常に、これまでの常識を相対化し、疑うところから生まれています。

結論からいえば…重要なのは、よく言われるような「常識を疑う」という態度を身につけることではなく、「見送っていい常識」と「疑うべき常識」を見極める選球眼を持つということです。そしてこの選球眼を与えてくれるのがまさに「厚いストック」なのです。

 「厚いストック」と目の前の世界を比べてみて、普遍性がより低い常識、つまり「いま、ここだけでの常識」を浮き上がらせる。

チェ・ゲバラプラトンが示す理想国家を知っていたからこそ「なぜキューバの状況はこんなにも悲惨なのか」という問いを持つことができたのです。

 目の前の世界を、「そういうものだ」と受け止めてあきらめるのではなく、比較相対化してみる。そうすることで浮かび上がってくる「普遍性のなさ」にこそ疑うべき常識があり、厚いストックがそれを映し出すレンズとして働いてくれるということです。

「なぜ」と疑う力が、市民として、人として自立成長する力と思います

 

--- 「なぜ…? 」  ---☆---

・最近、自治体の資料に「品質管理」の手法である「P-D-C-A」サイクルを廻すという

 記述資料を見る機会が増えています。

・その基礎として、思い出すのは「なぜを五回繰返す」と真実が見えてくるの教え…

 

●「疑問」は「なぜ、中央公民館を早期解体されたのか?」 (*中央公民館-S55-'80年-築36年)

・「なぜ、早期解体されたのか? 」-「民間分院を建替えのため?」

・「なぜ、民間分院を建替え?」-「元市民病院が老朽化」  (*市民病院-S60年-'85年-築35年)

「なぜ、『築35年』の施設は老朽化なのか?」-「施設寿命-70年」と制定なのに…

・「なぜ、「寿命-70年」の施設を「築35年」で利用中止なのか? 」

行政と議会で決めたから」⇒「これが無謬性を欠落の原因であり過ちです

 

  「施政」の過ちの真因は「行政と議会で決定強行」

 「議会」は行政の「イエスマン!」- 疑問力の欠落です

     (*保守系議員クラブは「行政方針に反対表明」は「退会」- 前期は「2名」退会… )  

 

   これが市民犠牲の原因です。過ちの施政です 

 

●「なぜ『民間分院』に経営移譲したのに「60億円」もの運営補助が必要なのか?」

この理由は全く不透明なのに、市は説明もされず強行も過ちです-「大家族」無視!

 

「大家族」無視は、まちの私物化です

 

市は「財政困窮」と市民に訴えられます。

・「民間分院-60億円補助」は、何処の財布から出ているのでしょうか?

・「財政困窮」で「基金(貯金)」準備も無いのに「後世の市民が払うから大丈夫」と

  市民の公共施設を早期解体、倍額の建設強行は過ちの連続であり無責任では…?

  

 「公共施設推進プラン」は「破壊のまちづくり計画」

    これに気づくことが自立した市民の証です!!

   「施政」に「なぜ?」の疑問をもって監視が市民のあり方と提言申し上げます

  

  (最後まで、ご精読 戴き ありがとうございました) 

 

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